自由×遊=クラフトビール 余市ビール
余市のランドマーク、シリパ岬を越え積丹方面へ。
辿り着いたのは一見普通の住宅のようなグレーの建物。ここが醸造所?と、ガレージの扉を開けると、現れたのは巨大な醸造タンクと数々のステンレス機材。
余市町で初めてのクラフトビール醸造の物語は2021年、この小さなブルワリーから始まりました。
「こんなところで造ってます。」
案内してくださったのは、醸造責任者の上村以帆(かみむらいほ)さん(写真左)と吉岡和輝さん(同右)。ビール造りのため余市に移住した、若きビール職人達です。お二人に、余市でビール造りを始めるまでのお話を伺いました。
開いた扉
上村さんは神奈川県のご出身。
「前職はビールとは関係のない分野だったんです。会社を退職した時、好きなことをやってみたいと思ったんです。クラフトビールが好きでビールに関わる仕事をしてみたいと思って調べたら、ハローワークで、余市でビール造りができるという求人を見つけたんです。
北海道には旅行で札幌に来たことがあって、時間が空いたので余市まで来たことがあったんです。その時はじめて余市がウイスキーだけじゃなくてワインも有名なお酒の町だと知って。それで余市にもう一度行きたいな、と思っていたこともあって。」
念願のクラフトビール造りの扉が開いたのは2020年12月のこと。翌1月には余市へ引っ越し、醸造の現場に飛び込んだそうです。
麦芽を見せてくださる上村さん
吉岡さんは和歌山県のご出身。
「前職は商社のサラリーマンでした。いつかものづくりの仕事をしたい、造るなら好きなお酒に関わる仕事がしたいと思っていたんです。それで転職活動をしていました。
ビール造りをやりたくてブルワリー(ビール醸造所)の扉を叩いたこともあったんですけど、経験者じゃないと難しいこともあって、なかなか。そんな時やっぱりハローワークで求人を見つけて。それまで北海道に来たことがなかったんですけど、一度冬の余市を見に来て、2021年の3月に会社を辞めてこちらに来ました。」
北海道でのビール造り
念願のクラフトビール造りの扉を自ら開き、道を進んだお二人。初仕込みの時のお話も伺いました。
上村さんは着任当初の2021年の1月から仕込みを開始。吉岡さんは春に余市町内のブドウ畑を走り回って農作業を手伝い、2021年6月からの仕込みに加わりました。
初仕込みを始めた頃は、新型コロナで世界が混乱している真っ最中。通常なら海外の機械メーカーの技術者が機材をすぐ使えるように現地に来て、インストールや操作の仕方を指導してくれますが、それが出来ない状況でした。リモートで技術者とやり取りしながら操作を覚えるのには苦労したそう。
ただ、近隣のクラフトビール造りをされているブルワー(ビール造り職人)さん達がとても好意的に迎え入れてくれたことは、移住して間もない土地でのビール造りの不安を取り除いてくれました。
原料の一つのホップ。品質安定のため、圧縮されたものを使用する
ビールの原料は麦芽、ホップ、酵母、水とシンプル。けれどその組み合わせ、配合割合により、様々な味と色・香りが生まれるため、その種類は無限大なのだそうです。「同じ原料、同じ割合で作っても、仕込みごとに微妙に異なる味わいが生まれるんです。その違いも楽しんでもらえたら。」
自由×遊=クラフトビール
クラフトビールの魅力は?という問いに、お二人が口を揃えて語るのは「自由で楽しいこと。遊びがあること」。
酒造りの世界というと、どちらかというと門外不出、伝統を守る、といったイメージがありますが、クラフトビールの世界はそれとは正反対。軽やかで楽しいビールのイメージそのままに、新しいビールスタイルが次々と生まれ、ブルワリー同士の情報交換や交流も盛ん、自由で活発な雰囲気だそうです。
またクラフトビールの地、アメリカではビールがひとつの文化として定着。「ビール×音楽、アート×ビールとか、様々なビールスタイル、ビールの楽しみ方がどんどん生まれています。そういう自由で楽しく、遊びのあるクラフトビールの世界が余市にも広がっていってほしいです。」と上村さんは願います。
新作のビール
「それに、ビールは苦いと思われるんですけど、クラフトビールにはそうじゃないものもたくさんあります。炭酸がきつくなくて、飲みやすいものも多いんです。色々なビールがあるなかで、自分好みのものをぜひ見つけてほしいです。」
たとえばこの日テストした新作ビール。パッションフルーツのようにフルーティな香りと鮮やかな色に驚きました。澱のにごりがビールに繊細な味わいを加えます。
ビールが好きな人も、そうでない人も楽しめる振り幅の広さ、表現の自由さ。それがクラフトビールの世界の魅力です。
未来
余市ビールの今後への想いを伺うと、「やっぱり余市の人にクラフトビールを知ってもらいたいし、飲んでほしいです!」と笑顔で語る上村さんと吉岡さん。
ビールにはシリパやフゴッペ、サワマチなど、余市の名所や地名が付いている作品が多くあります。
それは余市という町が好きで、地元の人達にこそ親しんでもらいたい、ビールを楽しんでもらいたいから。町の農家さんやカフェとコラボしたビールも次々と生まれています。
「これからも色んなビールを造ってみたいですね。」
人と水と農産物と。様々なマテリアルが交わり合い、風味も彩りも新たなビールが次々と生まれるさまは、まるでジャズセッションのよう。
自由に遊ぶように。新しく楽しいものを。
クラシカルな伝統と、文化の香りがする余市の町。
その町に響き始めたのは、軽やかで新しいジャズの調べのようなクラフトビールでした。