200年後も最上のワイン オチガビワイナリー
余市には個性豊かなワイナリーがあり、それぞれに物語があります。
今回ご紹介するオチガビワイナリーは2012年、余市町を日本一のワインの町にするという目的のもと開かれた、日本でも指折りのワイナリーです。
お話を伺ったのは専務取締役の落希一郎さん。
オチガビワイナリーの物語から浮かんだのは、「本物」を作ること。自分の暮らす土地を愛し誇りを持ち、豊かに暮らすことを目指すこと。
その想いがワイン作りとワイナリーに結晶化されました。
「本物の国産ワインと呼べるのは、自家栽培した国産ワイン用ぶどうだけを使い、適切な環境で自家醸造し、200年後も美味しい質の高さを満たしているもの。それができるうちみたいな醸造と貯蔵の設備を備えているところは、日本には片手で数えられる程しかないんだよ。」
余市産ワイン専用ぶどう・高度な設備・醸造技術が揃い高品質なワインとなる
1970年代、西ドイツの国立ワイン学校でワイン造りに関する全てを学び、帰国後は小樽、長野、新潟で国産ワイン醸造とワイナリー経営を手がけた落さん。ワインぶどう栽培の理想的な環境を求め、余市町をその地に定めました。
落さんは鹿児島生まれの北海道育ち。余市には小樽でワイン醸造をしていた時代、40年以上も前から通っていたそうです。
「だから余市のことはよく知ってるんだよ。気候も風土も人もね。」
醸造・貯蔵部の上部には1.5mの盛り土がなされ、ワインにとって最適な気温と湿度が自然に保たれている
機能性に優れた確かなもの。本当に美しいもの。つまり「本物」だけを用いるという信条は、醸造・貯蔵設備にはもちろん、お客様を迎える空間にまで生かされています。
「ワイナリーの構成要素は、醸造蔵のまわりを囲むワイン専用のぶどう畑、長期熟成の設備、お客様をお迎えしおもてなしする場。それらがすべて揃って「本物」のワイナリーと言えるんだ。そういう場がないところは、ワイナリーではない。」
お客様が特別な貯蔵ワインを楽しむ地下室。ヨーロッパの伝統あるワイナリーでは必ずしつらえるという
常に「本物」を探求し、時に厳しく理想のワイン作りを実現し続けてきた落さん。その想いは、ワイナリーの建物にも活かされています。
聖堂のようなホール
「ワイナリーはお客様をお迎えし、おもてなしする場でなくてはならない。ホールやレストランは土足だけど床暖も入れてある。お客様が寒くないようにね。ホールの音の響きを聞いてごらん。コンサートもできるよう設計してあるんだよ。」
ワインを楽しむだけでなく、美味しい食事を楽しんだり、時には音楽を聴いたり、緑豊かな景色を眺めたり。お客様が滞在する場と、過ごす時間そのものが心地よいものとなるよう細やかな配慮が織り込まれ、大人の愉しみにふさわしい空間となっています。
揺れる炎もおもてなしのひとつ
ドイツの友人から贈られた14世紀の荷馬車。ドイツでは大切な人の門出に代々伝わる逸品を贈り、受け取った方はそれを一番良い場所に飾る風趣があるという
この日印象に残ったのは、窓の外に見える鳥の餌箱と、そこに集まるたくさんのスズメたちでした。
「スズメっていうのは農家の友人なんだ。害虫を食べてくれるし、大切にしないといけない。冬が厳しくて生き残るのが難しいから、食べ物がないとね。スズメは家の軒先に巣を作って人間の側で暮らすもの。
ところが最近の家は四角くて壁もツルツルで、そんなことを考えて作られていない。美しくない。スズメの数もどんどん減っている。近い将来絶滅してしまうかもしれないんだ。ここではスズメが巣を作れるように、軒下にちょうどいい空間を作ってあるんだよ。」
自然から受け取ることを考える人は多い。けれど、自然に与えること、自然が必要としていることを実践する人は多くはない。それは今の日本の住宅建築や地域景観にも言えることかもしれません。
落さんが手がけるワイナリーは、自然が必要としていること、土地が豊かになるとはどういうことか、心に問いかけられる場でもありました。
機能的な人工物でありながら、自然と調和する美しい設備と建物。
質実剛健さと繊細さを併せ持つワイン。
一見、相反する性質が共存する空気感は、落さんという一人のワイン醸造家そのもののようでした。
ナイフのような鋭さと、奥にひそむ深い優しさと。
その人が紡ぐワインとワイナリーの物語には、一度では味わい尽くせない深い世界がありました。
〒046-0012
北海道余市郡余市町山田町635
TEL / 0135-48-6163 FAX / 0135-48-6164
撮影・文・イラスト 田口りえ