受け継ぐ味 革新の味 北海道余市あんこう鍋 菊鮨

名物!菊鮨 余市あんこう鍋

あん肝の粒がびっしり浮かぶ熱いスープをひと口。ふわりと広がる味噌出汁の香り、長く残るコクの余韻。ぷるぷるの身はほのかに甘く、つるりと喉を通る。締め雑炊の濃厚さに、思わず漏れるうなり声。

沢町の寿司店、菊鮨の「あんこう鍋」。アンコウといえば冬のイメージですが、余市湾では毎年9月下旬から6月にかけてアンコウが水揚げされます。余市アンコウは東京の市場でも余市産をと指定して取引されるという、町のブランド品の一つです。

 

丸い土鍋のなかにアンコウの肝の粒が浮かんだ味噌出汁と、白いアンコウの身としいたけが入った写真

出汁に浮かぶ粒々は細かく叩いたアンコウの肝

 

菊鮨店主 鳴海勇さんは、お店名物「あんこう鍋」の味を全国のご家庭でも楽しんでもらえるようにと、20225月「北海道余市あんこう鍋セット」を商品化しました。

今回の物語は、「菊鮨 北海道余市あんこう鍋セット」開発ストーリー。

余市産アンコウの魅力を技と味で伝える、勇さんにお話を伺いました。

 

 

店主の鳴海勇さん

 

アンコウの吊り切り

勇さんはまず、アンコウの吊し切りを見せてくださいました。

天井から吊り下げた金具にアンコウの口をひっかけます。最初に取り出すのは肝。腹を縦に切り素早く取り出します。「肝が傷ついたら価値がなくなっちゃうからね。」

それからつるりと皮を剥がし、スルスルと縦に身を切る。背骨も内臓も切り分け、最後に残るのは固い顎周りだけ。アンコウは捨てる部位がほとんどなく、顎と胃の内容物を除いた、ほぼ全ての部位が「あんこう鍋」の出汁と具になるそうです。

  

天井から吊したアンコウを切る菊鮨の鳴海店主の写真

特別にアンコウの吊し切りを見せてくださる



受け継ぎ進化する出汁の味

菊鮨では、お父様の代からあんこう鍋をお店で出していたものの、「レシピというものはなかった」という勇さん。お店が勇さんの代になり、お父様が作っていた鍋の味を思い出しながらレシピ化していったそうです。

「肝を細かく叩いて出汁に入れるというのは自分の代からのやり方。父の時は、肝は具として出していて、出汁には入れてなかったんだよね。というのも、ある時、昼の出汁より、夜の出汁の方が美味しいってことに気が付いて。寝かせると味が深まるんだよね。それからは、出汁を作ってからあえて34時間寝かせてから出してるよ。」

 余市町菊鮨の厨房で、白いまな板の上のあんこうの身を切る店主鳴海さんの背中の写真

顎と胃の中身以外のほとんどがアンコウ鍋となる

 

以前から菊鮨の味、余市のアンコウの魅力を伝える新たな道を開きたいと考えていた勇さん。あんこう鍋を商品化し、「ふるさと納税の返礼品に入れられたらいいな。あんこう鍋をお家でも一年中楽しんでもらえるといいな。余市の食の目玉になるといいな」と、思っていたそうです。

そこで冷凍商品を作ろうとコツコツと試作を重ねましたが、決めてとなる出汁の開発で壁に当たりました。店の冷凍庫では出汁の凍結に時間がかかり、その間に出汁が変質し、風味が変わってしまうのです。

「自分の店の冷凍設備では納得できる味にならなかった」と言う勇さん。「作りたての味と鮮度を保つには、急速冷凍の技術が要る。自分で理想の品を作るのは難しい」と、開発が一旦ストップしていました。

 

転機となったのは、余市町地域おこし協力隊で、地元の名産品を使った商品開発を手がける籾木勝巳さんとの会話でした。

 余市の寿司店菊鮨の店内に立つ男性の写真

地域おこし協力隊の籾木勝巳さん

 

「籾木さんに、あんこう鍋の商品化の話をして、急速冷凍技術がいるって話をしたら、色々調べて問い合わせてくれて。そうしたら町内の水産加工会社のマルコウ福原伸幸商店さんに繋がって。福原さんに、急速冷凍加工ができる設備があるとわかって、そこからはスムーズだったね。」 

勇さんと福原さん、籾木さんが集まり、意見を交わし試作を重ねること数ヶ月。20224月末、商品化に成功しました。

 

黒のテーブルに置かれたよいちの味菊鮨 あんこう鍋のパッケージ写真。竹皮で冷凍したあんこう鍋の身とスープのパウチを巻、白いラベルに「あんこう鍋」と書かれている

パッケージは余市在住デザイナーの景さんが手がけた

  

お客様のこと 家族のこと

この日、息子の勇太さんにも話を聞くことができました。5年ほど前に余市へ帰ってきた勇太さん。両親の姿を見て、「がたがきてるな」と思い、家業を手伝うようになったそうです。

「最初は「継ぐ」とか考えてなかったけど、手伝いをやってく毎に、仕事の重みを感じて。父親の技術だけじゃなくて、たとえば出来たての出汁巻きをサッと出したりするお客さんへの気遣いとか、お客さんを楽しませるトークとか、そういうところもすごいなと思って。」と、勇太さんは笑顔で仕事をする勇さんを眺めます。

「印象に残ってるのは、ずっと前に来たお客さんの顔を覚えていて、『前にきたよね』と話しかけていたこと。そういうお客さんへの気遣い、お客さんとの繋がりを大事にするところは尊敬してます。」

  

土鍋を前に笑顔で座る余市菊鮨の店主鳴海勇さんと息子の勇太さんの写真

 勇さんと勇太さん(撮影時のみマスクを外しています)

   

「こういう時代だし、不安もあるけど、息子が「手伝う」と言ってくれたことは嬉しいよ。大変なこともあったし、今もコロナで大変だけど、常にみんなに、家族やお客様に助けてもらってる。」静かに語る勇さん。

 

地域に可愛がられる店であること

勇さんにこれからの菊鮨について訪ねました。

「細く長く、地域に可愛がってもらって商売がやれればいい。それ以上も、それ以下もないね。」

 

大切な人に心を配ること

お客様が笑顔になる仕事をすること

 

コツコツと一つずつ。誠実に重ねる日々が、お客様の信頼に繋がっていく。

「あんこう鍋は肝がキモ!なんだよね。12月は肝の油のりがいい。でも夏のアンコウも身が旨い。だから今年から、夏も店で「あんこう鍋」を出そうかと思ってるよ。」と、ユーモアを交え話す勇さん。

お客様の喜ぶ顔を思い浮かべて開発した「北海道余市 あんこう鍋」。

余市の味 菊鮨が受け継ぐ味は、これからも進化を続けます。

 

薄い赤ののれんがかかる余市町の寿司店菊鮨の入口に立つ鳴海勇店主の写真

 

菊 鮨
余市町沢町2-73(閉店)
撮影・文 田口りえ