大きな家族がつくる味『にしんの余市干し』 棒丸 内海商店
袋を開けてひとつまみ取り出す。そのままでもいいけれど、ガスコンロでちょっと炙る。ジュッと脂が焦げる音、広がる香ばしい香り。炙られた身はやわらかくほぐれ、やさしい甘辛さが口に広がる。噛むほどに増す旨み。気付けば袋が空になる。
大人から子供まで美味しく食べられる、と評判の『にしんの余市干し』。リピーターやまとめ買いする方が多く、その人気はエルラプラザの実店舗、オンラインショップともにナンバーワンです。
「安く美味しく、食べさせてあげたいよね。」笑顔で語る、作り手の皆さん。
余市の人と風土の物語、余市ストーリー。今回はヒット商品、『にしんの余市干し』を生み出した、今年で創業65期目の水産加工会社、棒丸 内海商店(ぼうまる うちうみしょうてん)の物語です。
右上から時計回りに代表取締役 内海智一さん、事務担当 上林有香さん、営業部長 横浜昌弘さん、加工担当 前川千春さん(以下撮影中のみマスクを外しています)
余市干しができるまで
「開発のきっかけは魚の消費量が減っているからどうにかしよう、ということと、身欠きニシンに加工できない小さいニシンを何とかしよう、と思ったこと。」と、話し始めた代表取締役の内海智一さん。
「写真撮られるの苦手で」と笑う内海 智一さん
余市湾を含む石狩湾近辺で水揚げされるニシン。内海商店ではニシンをサイズ別に5段階に分類します。1~3段階目のニシンが身欠きニシンに加工され、4~5段階目のニシンは規格外として商品にならないそうです。そこで内海商店では4段階目のニシンを『にしんの余市干し』として加工し始めたのです。
「身欠きニシンにできるサイズじゃなくても品質は充分良いから、何とかしよう、と。それにニシンは、メスから『数の子をとるもの』とされていて、オスは安くなっちゃってる。でもオスは卵に栄養を取られるメスに比べて脂が乗ってるから味がいい。だから『余市干し』にはオスを使ってるの。
あと、若い人達が魚を食べなくなってるでしょ。特にニシンは『骨がうるさい』『身がフワフワして食べづらい』っていう声も多い。それも何とかしようと思って、加工しよう、と。」
思い立ったらやってみる、という、智一さん。タレを作り、会社のみんなで試食をして現在の味に作り上げたそうです。「社長の好みじゃなくて、みんなの好みが大事。従業員のみんなが食べて『おいしい』っていうのがいいの。」
何気ない会話と笑顔がいつもある
時と手間と
『余市干し』作りには、想像以上の手間と時間がかかっていました。
まず内臓を取り出したニシンを水に漬けます。機械で身を開いたあと、さらに手作業で切り分けます。
作業工程を見せてくださる横浜昌弘さん
その後オリジナルのタレに一昼夜漬け込み、18℃の乾燥室で干すのですが、「干す時間は季節や気温、湿度で変わるから、様子を見ながらやっています。」昌弘さんが教えてくれました。
一回目の干し作業のあと、手作業で丁寧に切り分ける
干し上がったら、ニシンを手作業で細長く切ります。この作業がなかなか難しく、慣れていないと失敗してしまうこともあるそうです。台に架け、再び乾燥室へ。3日から5日間干し、完成させます。
仕上げの乾燥。湿度の低い寒い時期の方が早く仕上がるという
良心価格のヒミツ
手間暇がかかっているのに求めやすい価格。その理由を智一さんに尋ねると、
「食べてもらうには何をしたらいいかを考えたの。うちは加工場が2カ所あるから、あっちは作業中だけどこっちは何時間か空くね、となる。じゃあ今はこっちで余市干しを仕込もう。というふうに、効率よく作業できる。だからそれを価格に反映できるんだよね。」
広く整然とした加工場
「安く美味しく食べてもらいたいよね。あんまり高いとさ、みんな手に取らないんだよね。欲は出さない。
うちでは鮮魚の作業とか、何かと一緒に作業しながら、余市干しの加工もやって、それで回転良くしてる。みんなで味見して仕事して、時間を大事にやってるよ。」
自然体
余市へ帰ってきて19年が経つという智一さん。
余市で生まれ育ち、札幌の専門学校への進学で、一度は余市を出たそうです。選んだのは簿記専門学校。家業の水産加工業とは異なる分野でした。
転機は就職活動の時。「受かった先が家業の水産加工や漁業と関係ないところで。その時ふと、『これでいいんだろうか?』と思って。」それから祖父や父親に相談し、市場での仕事を勧められた智一さん。札幌中央市場で5年ほど経験を積んだあと、余市へ帰ってきたそうです。
今思うことを尋ねると、「あんまり考えてない、日ごろ。だから悩んだりできないんだよね。」と笑う智一さん。「色々、全然気にしてない。」肩の力が抜けた自然体。それが智一さんの印象です。
「適当だからね。仕事はもちろんしっかりやるんだけど、最初は『適当』から入らないと。じゃないと悩んで何にもできないからさ。とりあえずやってみるの。」テンポ良く飛び出す言葉に見え隠れするのは、発想の豊かさと判断の早さ。
会社は大きい家族
「会社があって自分がいられる。従業員が家族みたいなんだよね。会社がなかったら、自分は何してたんだろう?と思う。だから大事に商売させてもらおう。そう思ってる。」智一さんは言います。
話を伺っている間も従業員の皆さんとの会話がポンポンと飛び交い、次々と色んな人がやってきます。
「いつもこんな感じ」と、友香さんが笑いました。
「この人達の話も聞くといいよ」と智一さん。加工中の商品を持って現れたのは、茨城県かずみがうら市の佃煮メーカー、島田商店の島田茂さんと中島修一さん。小女子(こうなご)を求めて余市を訪れ、智一さんと出会ったことがご縁の始まりだそうです。
お二人の話を聞いた智一さんが、「品質重視、鮮度いいものを伝えるなら、『ここで加工しちゃったら?』って言って。それで二人はここに長期滞在してるの。お互い新しいことやっていこうって言ってね。」
加工中のエビを見せてくださる島田さん(右)と中島さん(左)
「やっていこうって言っても、『新しいことしなくちゃ!』と、特に意気込んでるわけじゃなくて。食べてないものを食べてもらおう。じゃ、こうしてみようか~、とか。なんていうかみんな、おっきい家族みたいに、みんなで。」と智一さん。
撮影中も続くコミカルな会話
これから挑戦したいこと、の問いに、
「たとえばあんこう。せっかくいっぱいあるから、年中作れる商品をやりたい。食べやすくて美味しいものを作っていきたい。色んな人の口に入っていけばいい。やっぱり、食べてもらうものが一番だよね。」
次々生まれる新商品。パッケージも味も、一人で決めない。「決められない、じゃなくて、みんなで決める。社長の自分の好みじゃなくて、みんなが美味しいものがいい。」
大きな家族のように。
アットホームな現場から生まれる、余市の味のお話でした。