群来(くき)の来る時 - ニシンが告げる余市の春
「群来きたよ!」「どこで見た?」
差し込む光の明るさ、積もった雪の緩み。空の青さにほのかな春を感じる2月下旬から3月の余市では、こんな会話をよく耳にします。
余市湾の春の風物詩、群来(くき)。
ニシンの群れが日本海北西の海岸近くに産卵のため押し寄せ、命の営みにより海辺が乳白色に染まる現象を群来(くき)と呼んでいます。
群来について話す人の表情は大抵笑顔。どこかそわそわとした気配に、春の到来の喜びが感じられます。
2022年2月26日、余市湾のえびす岩周辺で幻想的な群来が見られました。
写真提供:川内谷幸恵さん
群来の発生条件
実際の群来を一度は目にしてみたいもの。
相手は自然であり、いつ、と予測することはとても難しいのですが、余市に昔から住む方々のお話を伺っていると、群来の到来にはいくつかの共通点がありました。
天候 鰊曇(にしんぐもり)
「子供の頃は、天候の穏やかな、風のない曇りの日のことを「鰊曇(にしんぐもり)」って言ってたね。前日より気温が上がって、春のような温かさを感じる5℃くらいになった時かな。海面が穏やかで風のない日に、ニシンが卵を産みに来る。群来のあとは海が荒れるんだよね。」
時間帯 朝から夕方
ニシンの産卵は夜に行われます。月齢などは関係ないようです。海面に広がった乳白色の海面を、人間が発見するのが朝から夕方にかけて、ということになるようです。
サイン カモメが騒ぎ出す
「群来がくると、卵をねらってカモメが騒ぎ出すんだよ。だからこの時期にカモメが鳴いて集まってくると、そこに群来がきてるって分かるんだ。」
環境 海藻の茂る海辺
「ニシンは深すぎない水深の海藻に卵を産み付ける。だから磯焼け(岩礁に生えていた海藻がなくなってしまうこと)していると産卵できない。群来がくるのは海が回復してきた証拠。」
今年は海岸のすぐ側で群来が見られました。
写真提供:川内谷幸恵さん
植生の回復のためか、海流や風の影響か、専門家ではないので詳しいことは分かりません。群来の条件についての話には、科学的な証拠もありません。
けれど、古くからの言い伝えや、その土地で人生を重ねた人々のお話には、経験からくる深い実感と、余市の風土を色濃く映した重みがあります。
ニシンの別名は春告魚(はるつげうお)。
春の到来と、豊漁の予感。群来が多く見られる年は豊漁という言い伝えも残っています。
今年は群来に出会えるだろうか。
余市の海辺で、春の兆しを探してみるのもまた一興です。
ニシンが一番美味しいのは産卵が終わったひと月後あたりと言われる
文 田口りえ
伊藤商店 骨まで食べられる やわらか一夜干しにしん(醤油味)